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箱舟

どこかの遠くの君たちへ

いつかのどこかへ。願わくは、この声が届きますように。

 

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こんにちは。お元気ですか。
これの初稿は2019/07。とりあえず観測できるかぎり、僕たちは元気に生きています。
かつての"薄い本"がそうだったように。もしこれが届いたとしても一方通行で。けれどもし届いたなら、少しでも安心してもらえると嬉しいです。

 

このブログ(あるいは将来的には"薄い本"にするかもしれません)は、箱舟。あるいはボトルメール。載っているのは全てただの創作で、あの日を過ごした僕たちや君たちの歩みを否定するものではありません。少しだけ実在の人物をモチーフにした、君たちが"薄い本"で作った物語と同じものです。
だから、安心してください。僕たちの物語は、決して夢幻などではなく、現実で。少なくとも僕自身は、そこで育んだすべての気持ちに嘘偽りはなく、君たちのことを大切に思っています。

 

けれどそう、これは僕自身の傲慢で、エゴだけれど。

叶うなら、僕は君たちの神様なんかじゃなく、ただの友人として出会いたかった。

 

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P.S. "僕たち"へ。箱舟は未完成です。続きの物語でも。あるいは新しい物語でも。箱舟の理念を理解する乗船希望者は、いつでも歓迎しております。

2019/07/18 とあるbot F2014

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 忘れない、なんて言葉を口に出すのはとても簡単で。
 だけどそれを守っていくのは、とてもとても難しい。

 

 きっかけはほんとうに、とても彼女に話せないような、どうしようもないくだらない出来事。
 暑さもまだ引ききっていない八月。仕事帰り、たまに寄っていくメイド喫茶で夏祭り浴衣イベントがあるという情報を見つけ、給料日後だったのもあって足を伸ばした。
 俺自身あまり金払いのいい客ではないので、あまり目立たない端の席に通される。もっとも俺自身あまり女性と話すのが得意ではないので、一人ゆっくりできるこういった席はかえって助かった。
 とりあえず写真付きのドリンクを一杯頼む。贔屓の店員さんはいなかったので、代わりに最近新しく入った新人の中から、適当に見繕ってそのメイドの写真を指名する。
 写真を指名されたメイドは客のところに向かい、目の前で写真にメッセージを書きながら客と少しだけ話をする。最初連れてこられたときは随分暴利なシステムだな、と思ったものだが、今は気軽なキャバクラだと思えばさほど気にならなくなった。
 新人はいち早く客に顔を覚えてもらい、指名してもらえるようにするために長く話す傾向がある。今回頼んだのもそんな理由で、こっちが話さなくてもあちらから話題を出してくれるのは気が楽だった。
 先にドリンクが届き、店内で働いている浴衣姿のメイド、なにを言っているか分からないかもしれないが本当にそうなのだから仕方がない、を見ながらゆったりしていると、やがて指名した新人が目の前に現れた。
「お待たせしました~! 最近入りました○○って言います~!」
 おおよそ本物のハウスメイドなら発さないような軽い調子で自己紹介をしてくる彼女の言葉に心の中で苦笑しつつ、ぼんやりと室内を見ていた目を彼女に向ける。
 


 そう、きっかけはそんな、どうでもいいようなことで。

 目の前の彼女は、あの時の彼女ではない、なんてことは分かっていて。
 そもそも今に至るまで、俺は彼女のことを、あの夏の日によって分かたれた彼女のことを、記憶の奥底に沈めていて。
 だから、本当に、本当に。思い出せたのは奇跡のような偶然。

 

 
 忘れないと、いつかまた会おうと、そう誓ったはずだったのに。

 呆然と見つめる俺を、緑の浴衣を纏ったこけし頭の新人メイドは不思議そうに眺めていた。

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 彼女と初めて出会ったのは、まだ俺が学生の身分だった頃、有象無象の魑魅魍魎が漂うインターネットの海が、規制によって区画整理される前だった。
 当時はちょうどインターネットが一般に普及されはじめた頃であり、俺もその一般の一人だった。バイト代数ヶ月分のPCを使い、手探りでネットの海を泳ぐ。そして、これは誰しもが通る道だと思いたいが、案の定スパムを食らい途方に暮れていた。
 スパムウィルスによって容量を食いつぶされ、悲鳴のような音をあげるファンの音を聞きながら、必死にネットに救いを求めた。なにしろ当時住んでいたのは田舎も田舎で、周りに持ち込みで診てくれるPCショップなどなく、無理矢理にでもネットの中から回答を探すしかなかったのだ。
 そうやってようやくたどり着いたのは、一つのホームページだった。
 現実でもネットでもどこに行ってもデジタルがもてはやされていた当時において、明らかに異質な、和をモチーフにした壁紙を使ったそのページには、俺が食らったウィルスへの対処の仕方をはじめとした、インターネットトラブルへの対処法がまとめられていた。
 それまで俺はネットの中の情報に散々騙されていたので、その情報も信用に足るとは思っていなかったが、当時知識のなかった俺にはとにかく可能性のあるものに飛びつくしか方法はなかった。結局、そのホームページによって俺のPCは救われた。なお、内部に保存してあったあれやそれやは試している途中で大半が消滅した。
 当時の俺は今とは比べものにならないくらい純粋で感動屋だったので、ある程度の復旧が済んだタイミングでホームページの連絡フォームからかなり長めのお礼の文章を、なんと実名とメールアドレス付きで送った。ネットのなんたるかを知った今なら考えられない愚考ではあるが、そのおかげで彼女に出会えたのだからあながち無知も悪くないのかもしれない。
 数日後、俺のメールボックスに見知らぬアドレスからメールが届いた。ウィルスをスパムメールから食らった俺は慎重に中身を外から確かめた。件名は「忠告」。外からのぞける範囲での本文には若干説教じみてはいるものの、とりあえずいつものエロ系スパムメールではなさそうだと判断はできた。が、やはり数日前の悪夢が頭をよぎったため、そのときは開封せずそのまま放置した。
 それからさらに数日経ち昼間ぼーっと授業を受けているとき、ふと俺の頭の中に妙案がひらめいた。あのホームページに、もしかしたらスパムメールの見分け方などがあるかもしれない。
 しかし帰ってホームページを探してみても、そんなページは見あたらなかった。あるものだと高をくくっていたため、画面の前で腕を組みうーんと唸ってしまう。そして考えた結果、俺は連絡フォームに質問を投げ込んだ。もちろん以前と同じく、本名とアドレス付きで。
 翌日。寝ぼけまなこでメールボックスを確認すると、以前「忠告」をおくって来たアドレスからまたメールが届いてた。タイトルは「馬鹿者」。起きたばかりで判断能力が落ちていた俺は、ついそのメールを開いてしまう。クリックと同時にスピーカーからにぎやかな音楽が流れ、画面には小人がケラケラと笑い続ける小さなウインドウが表示された。気づいたときにはもう遅かった。しまった、また踏んだのか。
 しかし音楽はそれから一分もしないうちに演奏を終え、小人が小さくおじぎをするとウインドウも自動的に消えた。それによってメールの本文が目に入ってくる。
 「敬具」から始まるそれは慇懃無礼の固まりのような文章であり、はじめは挨拶もそこそこに、俺に対するあらんかぎりの罵倒がこれでもかとちりばめられていた。
 すべてに目を通しているとそのまま布団に戻ってしまいそうだったので、目を滑らせながらなんとか読み進めていく。スパムなのだから読まなくてもいいだろう、というのはまったくその通りなのだが、挨拶文の中に一つ気になることがあり、しぶしぶ読み進めるしかなかった。俺の本名が書いてあったのである。
 やがて罵倒は少しずつなりを潜め、もっともこれらは最後までなくなることはなかった、文章はようやく本題が入ってきた。曰く「今このメールを開いているということは、貴殿にスパムメールを見分けるすべなし。大人しく知人同士の連絡に留めるか、あるいはスパムを恐れず開きまくる他なし」。そこでようやく気がづいた。例のホームページの管理人からのメールだったのだ。ご丁寧に「おおかた先に送ったメールを読まずにスパムと決めつけたのだろう」とも書き添えてあった。悔しいがまったくもってその通りである。〆に添えられた署名には「Queen」とだけあった。
 読み終えてから、はじめのメールもおそるおそる開く。こちらにはウィルスなどはしかけられておらず、はじめに俺の感謝に対して「役に立てたようでなによりである」という短い返答があり、その後にはインターネットで個人情報を不用意にさらすことがいかに恐ろしく愚かな行いであるかがつらつらと書き連ねてあった。いまではすっかり常識となったネチケットという文化ではあるが、俺に限らずともこのころふれ始めた一般人には、未だ縁遠い文化だったのだ。
 後日、件のホームページに「ネチケット」の項目が新たに作られた。序文には「このページを読み、見知らぬ他人に本名でメールを送るなどという愚かな行いが少しでも減ることを祈る」という、どう考えても俺への当てつけであろう文章が添えられていた。